秋ともなれば、おかあさんたちは旅行に行った。
浅草にいるおかあさんたちの旅行は、ちょっと変わっていた。
おかあさんたちにとって、旅行の目的はみやげを買って帰ることにあったから、行き先がどこで、泊まるホテルがどこかなんていうことは、どうでもよかった。
おかあさんたちは、観光スポットに着いて、ガイドさんが小旗をかざし、「ここは、あの有名な〇〇が△△したところです」と説明しても、「はい、はい」くらいにしか聞いていない。
義理で写真を一枚パチッと撮ったら、踵を返してバスの方向に向かって小走りする。ガイドさんが、何ごとが起きたかと追いかけると、おかあさんたちはバスの後ろに隠れているみやげもの店になだれこんでいる。
宿屋に着いたら着いたで、部屋の窓から見える川などには目もくれない。おかあさんの一人が「ちょっと寒いわね」なんて言おうものなら、「そうね」と窓の障子をぴしゃっと閉めてしまい、学校の先生のことなどを話し込む。
だから、おかあさんたちが家に帰って、子供たちから「どうだった?」と聞かれても、「まあね」くらいにしか返事ができない。この「まあね」というあいまいな返事が、おかあさんたちの旅行のすべてを物語っている。
私は、「さあさあ、帰ってきましたよ」とみやげものを手にいっぱいにしたおかあさんを思い出した。
おかあさんが買ってきたみやげに飛びついた。おかあさんの顔は輝いていた。
『浅草のおかあさん』
第17話 目的が明確なおかあさんたちの旅行 から
浅草のおかあさんたちは、日光や鬼怒川温泉によく行った。
「松屋デパート」の2階はすっぽり東武伊勢崎線の浅草駅になっている。
心に残り続ける昭和のおかあさん
『浅草のおかあさん』
第17話 目的が明確なおかあさんたちの旅行