浅草の亭主たちは、女房がちょっと着替えでもしていると、どこからにおいをかぎつけたのか、「おい、どこに出かけるんだ?」と不機嫌そうに顔をのぞかせる。
女房が、「ちょっと、そこまで」と答えると、今度は、「いつ、帰ってくるんだ?」と聞く。もう、うるさくて仕方がない。
ときには、女房から「夕飯はテーブルに乗せておきましたよ。好きなときに食べてくださいね」と言われることがある。
だが、亭主たちは、夕飯どきになっても、おかずの上にかかった新聞紙をはがす気にもなれず、犬のお預けのように、女房が帰るまでじっとテーブルの前に座っている。
女房が傍にいないと、何を食べても味などしないことを知っているからだ。
同業者の寄り合いで、上野広小路にあるとんかつ「井泉」のかつサンドをおみやげに持たされると、浅草の亭主たちは、かつサンドを手に取った瞬間から、かあちゃんに食べさせたくて小走りに家路を急ぐ。
家に帰って、女房から「あんたも一つ食べなよ」と言われると、「オレは、もう十分食ってきたんだ」と、ここで見栄を張る。
浅草の亭主たちは、詰まる所、家でかあちゃんと一緒に、テレビの前でミカンをむいていたり、かりんとうやせんべいをかじっているときが一番幸せなのである。かあちゃん相手に大口をたたいているときが一番楽しいのである。それが明日へのエネルギーにつながっているのだ。
『浅草のおかあさん』
第23話 浅草の亭主の生きがいは女房 から
上野広小路にある井泉本店
心に残り続ける昭和のおかあさん
『浅草のおかあさん』
第23話 浅草の亭主の生きがいは女房