浅草にいるおかあさんたちの顔は驚くほど似ている。
みんな、女優の星由里子のような顔をしている。
ここで、「星由里子って誰だ?」と言われたら、話は進まなくなるので、少しだけ星由里子さんのことを話しておきたい。
星由里子は映画「若大将シリーズ」で加山雄三と共演した女優である。星由里子と加山雄三の「若大将シリーズ」での共演は、1961年の『大学の若大将』に始まり1968年の『リオの若大将』までなんと十一作もある。
ポイントはその星由里子さんの顔である。
人の顔についてとやかく言うのはよけいなお世話だが、星由里子さんの顔は、愛くるしいわけでもなくバタくさいわけでもなく、ひたすら端正である。つまり正真正銘の美人顔ということになる。
浅草にいるおかあさんたちをよく見ると、そんな星由里子タイプの顔をしている。
こんなことを言うと、「ウチのかあちゃんのどこが星由里子なんだ」という旦那衆の言葉が返ってくるに違いないが、それもそのはず、浅草にいるおかあさんたちは毎日忙しく、店頭に立ったり、店員さんに指図したり、その合間に家のこともこなすなど、なりふり構わず動き回っている。そんな姿や服装からは、とても星由里子は想像できない。
ところが、である。おかあさんたちが子供の入学式や卒業式、なにかの行事で訪問着を着込んで出かけるとなると、話は一変する。
「えっ」と驚くばかりに艶っぽくなる。「こんないい女がおれの身近にいたのか」と旦那もしげしげと女房の姿を見つめ、子供までもなんだかうれしくなってくる。そこには昨日までの姿は微塵のかけらもない。
これは浅草にいるおかあさんたちの土台がいいから為せるわざなのである。だが、それにしても普段の姿とギャップがあり過ぎる。
浅草の子供たちにとって、自分の入学式や卒業式、父兄参観日などは、それ自体どうでもいい話である。そんなことよりも、その日は自分のおかあさんが「おめかし」をする日というところがポイントなのだ。だから、式典の最中にちらちらと自分のおかあさんの姿ばかり追い、「おれは、こんなおかあさんの下に生まれてきて幸せだ」とつくづく思う。校長の祝辞などは遠くで聞こえる汽笛くらいの存在である。
浅草っ子はそんなおかあさんたちのギャップを楽しんで育ってきた。
浅草にいるおかあさんたちの顔は、強いて言えばあっさり顔である。ちょっと掘り下げて言えば、あっさりさと端正さが掛け合わさったような顔である。だから、知らない人から見ればきつく映る。おまけに、おかあさんたちの声は低めだから、よけいに取っつきにくく思える。
ただ、この顔が浅草を支えている。
浅草といえば、伝統の技や芸を守り抜いている男衆に目が行きがちだが、そんな男たちを支えてきたのは、他ならぬこのおかあさんたちである。
『浅草のおかあさん』
第1話 浅草にいるおかあさんたちは星由里子タイプの美人 から


昭和の時代から平成にかけて「浅草のおかあさん」と呼ばれた女性がいた。
『浅草のおかあさん』
・冒頭の画像は『ハワイの若大将(1963) 』Amazon prime videoからお借りしました。