浅草の男たちは、店では難しい顔つきをして、店員を叱り飛ばしているくせに、同業者会などのちょっと正式な会に出席すると、普段、着ることもないスーツを身にまとい、借りてきた猫のように席に座っている。
そればかりか、自分の娘の見合いや結納の席でも、相手の家族に圧倒されて小さく背を丸めて座っている。
昨日までは、店員たちに「いいか、おまえたち、ウチの店はそんじょそこらの店とは訳が違うんだぞ。江戸時代からの店だからな。そこのところ忘れるんじゃないぞ。わかったか!」と威勢のいいことを言っていたくせに、見合いや結納の席の自己紹介では、か細い声で「浅草で小さい商いをしております」と言っている。
それを聞いた女房は、「あんた、そんじょそこらの店と違うんじゃなかったのかい。江戸時代からの店じゃなかったのかい。それを、『小さい商いをしています』って、その言葉、いったいどの口から出るんだい」と、あきれて亭主の顔を見る。
浅草の男たちは、万事この調子である。
ところが、浅草にいるおかあさんたちは、どんな席でも、どんな相手でもいっこうに平気だ。
これには、おかあさんたちの顔も多分に影響している。
おかあさんたちの顔は、どこに出しても恥ずかしくない端正な顔をしているが、おかあさんたちは、自分が「おめかし」をすれば、ひと際栄えることも知っている。おまけに、おかあさんたちは商売で鍛えた自信のようなものも身につけている。
だから、どんな場だろうが、どんな相手だろうが動じない。また、見る方からすればそう見えてしまう顔なのである。
普段は威勢がいいが、いざというときに意気地がなくなる男と、どんな相手にもけっして動じない女との組み合わせ、これが浅草の夫婦である。
『浅草のおかあさん』
第14話 浅草の夫婦 から
「浅草のおかあさん」の亭主は、毎朝、観音さまに手を合わせた。
心に残り続ける昭和のおかあさん
『浅草のおかあさん』