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『浅草紅団・浅草祭』

浅草の不良集団「浅草紅団」の女首領・弓子との接触を通して、著者が見た浅草が書かれている。

川端康成先生と浅草とが上手く結びつかない読者は多いと思う。
しかし、この本は、浅草について書かれたどの本よりも詳しく、どの本より写実的である。
それゆえ、よほど浅草の地理に詳しくなければ、この本に登場する光景を思い描くことができないだろう。おまけに、浅草ながらと思える登場人物も多数出てくるから、多少、浅草という所を知っておかなければ、なんのことを言っているのわからないと思う。

逆に言えば、それほど川端先生は、浅草探求に燃えていたことになる。
川端先生は、浅草の何を発見したかったのだろうか?

『浅草祭』は、『浅草紅団』を書いてたのち、暫く経ってから書かれた『浅草紅団』の続編である。
その『浅草祭』の中で著者は、こんなことを言っている。
「一口で言えば、浅草公園は恵まれぬ大衆がここに棄てる、生活の重みと苦しみとがもうもうと渦巻いて、虚無の静けさに淀み、だから、どんな賑やかな騒ぎも寂しく消え、どんな喜びも悲しげに見え、どんな新しさも古ぼけて現れるのだ」

いまの浅草の盛況ぶりからは到底、想像できないが、浅草を訪れた人の中には、そんなことを思った人がいるのではないか。
そして、この大衆も幾重にも層のようになって重なり合って、その中、したたかに生きていく。これが浅草だと思う。

 

私は、『浅草紅団』の最後に書かれている弓子の大島の油売りの娘姿、そして、大黒屋前の人垣に隠れて立ったまま琴を鳴らす弓子と思われる人物の姿が、いつまでも記憶に残って消えないのである。

 

浅草紅団・浅草祭 (講談社文芸文庫)から

 

 

昭和の時代から平成にかけて「浅草のおかあさん」と呼ばれた女性がいた。
浅草のおかあさん

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『浅草紅団・浅草祭』
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