主人公長吉の芸妓になった幼馴染お糸への思いを、隅田川両岸を舞台に、詩情豊かに描いた名作。
浅草を愛した文豪永井荷風は、何を描きかったのだろうか。
このことは、著者の訪欧と関係がある。『すみだ川』に描写された人物や光景は明治三十五、六年の頃のものだが、著者はその後、訪欧し6年ぶりに東京に帰ってきた。その月日の間に、東京も隅田川を取り巻く光景も変わってしまっていたのである。
著者は『第五版すみだ川之序」でこう述べている。
「隅田川はその当時目のあたり眺める破損の実景と共に、子供の折に見覚えた朧ろなる過去の景色の再来と、子供の折から聞伝えていたさまざまの伝説の美とを合せて、言い知れぬ音楽の中に自分を投げ込んだのである。……
自分はわが目に映じたる荒廃の風景とわが心を傷むる感激の情とを把ってここに何物かを創作せんと企てた。これが小説『すみだ川』である」
そして、この小説は意外な終わり方をしている。
推測にはなるが、著者はその後に展開されるストーリーが読めてしまったから、読めたストーリー通りにしたくないがために、展開を別の方向に持っていき結んでしまったように思えて仕方がないのだ。
心に残り続ける昭和のおかあさん
『浅草のおかあさん』
『すみだ川・新橋夜話 他一篇』