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地下鉄浅草駅階段のにおい

浅草にはにおいがある。

昔も今も、地下鉄銀座線浅草駅から地上に出る階段のにおいは変わっていない。

このあまったるいにおいは、何のにおいだろう?

誰もこのにおいを感じながら、詮索しない。

 

そして地上に出た途端、違うにおいも感じる。

それは、きっと天ぷらのにおいだ。

蕎麦の「尾張屋」があるからであり、風に乗って来る「三定」の天ぷらのにおいも混じっているような気がする。

 

地下鉄浅草駅のにおいと、食べ物のにおいを感じるが瞬間が、昔も今も変わらない浅草着地の瞬間なのだ。

 

考えてみれば、浅草中、においとにおいがぶつかっている。

「福々まんじゅう」を蒸すにおいと、増田園のほうじ茶のにおい……。

においとにおいがぶつかる街。それが浅草だ。

 

 

浅草のおかあさん』でも浅草のにおいが触れられている。

おわりにから

浅草は、語れば語るほど、遠ざかってしまいそうな街である。

異質なものがぶつかり、新しいものを生み出す街、どんな人も受けいれる街、素の人間のままでいられる街。そんな浅草に多くの小説家たちはたまらない魅力を覚えた。

異質なものがぶつかり、新しいものを生み出した代表例は、大正中期から昭和にかけて一世を風靡した浅草オペラだろう。

浅草っ子は、そんな異質なもの同士のぶつかりを肌で感じながら育った。

「松屋デパート」の正面の透明ドアを押して外に出ると、目の前には新仲見世通りに入る横断歩道がある。

この横断歩道はいつも日をさんさんと浴びていた。ところが、横断歩道の向こう側の新仲見世通りはアーケードになっているから薄暗い。横断歩道を渡るとき眩しさを感じるとともに、薄暗さも感じた。

空気と空気がぶつかり合うのも肌で感じた。

「松屋デパート」側から、デパート特有の冷たい空気が背中に流れてくる。反対側の新仲見世通りの入り口には、甘栗や菓子類を山盛りにして売っている店があるから、あまい、ぬるいような空気が顔に当たる。その空気は雑踏の空気とも言える。

 

地下鉄銀座線浅草駅の階段を、あまったるいにおいを感じながらいつも上がった。地上に出たところに、鶏肉を売っている店があった。この鶏肉屋が揚げているメンチのにおいと、階段の下からのぼってくる地下鉄のにおいが混ざった。

地上に出て、「雷門」の大提灯とは逆に吾妻橋の方に向かうと、天ぷらのにおいが鼻に飛び込んでくる。蕎麦の「尾張屋」があるからであり、後ろから風に乗って来る「三定」の天ぷらのにおいも混じっているような気がする。ほんの数メートル行くと「神谷バー」の前に出るが、通りを隔ても鼻に飛び込んでくる。角の「神谷バー」を回り馬道通りに出ると、ほうじ茶のにおいが通行人を楽しませる。店をのぞくと焙煎器が回っている。その先が、「松屋デパート」前の横断歩道とぶつかる新仲見世通りの入り口となる。

こうして、浅草中、いたるところで、においとにおいがぶつかり混じりあっている。このにおいは「空気」でもある。私はこれが浅草なのではないかと思う。

 

浅草っ子が、商店や食べ物屋のにおい、街のにおいのほかに、確実にかいだにおいがある。

おかあさんのにおいである。

いつも弱音ひとつ吐かないで、一生懸命頑張っていたおかあさんのにおいである。いつも自分を守ってくれたおかあさんのにおいである。必死になって育ててくれたおかあさんのにおいである。よそに出かけるときは見違える姿になった自慢のおかあさんのにおいである。

私たちを世に出してくれたおかあさんのにおいであり、大人になった私たちを送り出してくれたおかあさんのにおいである。

別なおかあさんのにおいもかいだ。いつも私たちの幸せを願っていた「浅草のおかあさん」のにおいである。

世の中、どこを探しても、こんなに幸せな子供たちはいない。

 


昭和の時代から平成にかけて「浅草のおかあさん」と呼ばれた女性がいた。
浅草のおかあさん

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