おかあさんたちは、子供が遠足に行くともなれば、「志乃多寿司」に予約をしておき、その日の朝、取りに行った。
「志乃多寿司」は雷門仲通りにあり、いまでも健在である。ラーメンの「馬賊」の向かいといえば、わかる人が多いと思う。
寿司というと、いろいろな種類の詰め合わせをイメージするが、「志乃多寿司」には、かんぴょう巻きといなり寿司しかない。
折りも、かんぴょう巻き4個、いなり寿司4個が基本だ。それで明治十年からこの地で、味と、おなじみの山吹色と緑色の模様が入った包装紙を変えることなく営業を続けている。よほど浅草っ子と相性のいい店といえる。
遠足に行って昼を迎えたときは、たいがいお腹が空いているのか、空いていないのかよくわからない状態でいる。早くお昼を済ませ、友だちとあたりを駆け回りたい気持ちにもなる。
そんなとき、「志乃多寿司」のかんぴょう巻きといなり寿司は威力を発揮する。
お腹が空いているかどうかわからないときでも、「志乃多寿司」のかんぴょう巻きやいなり寿司を口に一つほおばると、続けて食べたくなる。
これは、「志乃多寿司」の油揚げとかんぴょうがジューシーなことと関係がある。それに伴って海苔もご飯も湿り気を帯びているから、ご飯が口に入るという重さがない。いくぶん甘めの味付けがいっそう口に入りやすくさせる。
つまり、海苔とかんぴょうとごはん、油揚げとごはんが不可分一体になっており、ご飯のぼそぼそ感がないことが、口に入りやすく、続けて食べられることにつながっている。
だから、浅草っ子は遠足に行っても、ちゃんとお昼を済ませたうえで、早く遊びの態勢に移れる。これは運動会でも同じである。
おいしいものをパッと食べられる―なんとも浅草っ子にふさわしい食べ物ではないだろうか。
『浅草のおかあさん』
第18話 遠足の切り札「志乃多寿司」 から
心に残り続ける昭和のおかあさん
『浅草のおかあさん』