浅草のおかあさん

第8話 「ミカワヤ」のケーキ

もらってうれしいものの一つに、「ミカワヤ」のケーキがあった。あったということは、いまは残念ながらない。
「ミカワヤ」は、オレンジ通りの「アンヂェラス」の並びと、雷門仲通り沿いにあった。二店あったということになる。
浅草でケーキといえば、やはり「アンヂェラス」が有名である。「アンヂェラス」はあの川端康成先生、池波正太郎先生が通った店として知られている。

 

いつだったかは定かではないが、浅草で「ミカワヤ」のケーキが広まった。
「アンヂェラス」は店に入った瞬間、歴史といったものを感じさせたが、「ミカワヤ」に入ると、白黒テレビからカラーテレビに切り替わったような感覚になった。
ストロベリー、メロン、ピーチ、オレンジ、グレープなどで覆われたケーキの色彩が目に飛び込んできた。そんなケーキには夢があった。「これから、もっと、もっと明るい時代が来るぞ」と思わせるような未来もあった。
「ミカワヤ」のケーキは浅草の人の口にあった。

 

「ミカワヤ」のことを思い浮かべていたとき、はっと、あることに気づいた。
「ミカワヤ」は、漢字で書くと「三河屋」だったのではないかということである。
私の勘は当たっていた。いま、人気絶頂の食パンとロールパンだけの店「ペリカン」四代目店主渡辺陸氏が書いた本を読んでいるときだった。
そこには、「ペリカン」は元々「三河屋パン」という名だったが、オレンジ通りに「三河屋」という親せきのケーキ屋があり、いくら親せき同士でも同じ名前ではまずいだろうということで、「ペリカン」という名に変えたということが書かれていた。
私は、その記述を前のめりになって読んだ。なんと、「ミカワヤ」と「ペリカン」は親せき同士だったのだ。
浅草では、鰻の老舗「初小川」と、どら焼きで有名な「おがわ」が親せきであり、それゆえ、「おがわ」のどら焼きを包む袋にドジョウのマークが書かれていることが知られている。まさか「ミカワヤ」と「ペリカン」が親せきだったとは夢にも思わなかったが、いかにも浅草らしく、妙に納得感もあり、うれしくなった。
浅草中の誰もが「ミカワヤ」を、「三河屋」と考えもしなかったことが、この店を象徴していた。

 

「浅草のおかあさん」が日傘をさし、白いワンピースを着て、「ミカワヤ」のケーキを持って歩く姿を、私は二階の窓からよく見た。
浅草のおかあさんは、「気をつかってもらったから」「世話になったから」と言っては、「ミカワヤ」でケーキを買ってお返しをしていた。
だが、私には、その姿も意外に映った。
この意外感は、着物姿で映画に出演している女優が、雑誌などに洋装姿で写っているのを見たときの感覚に近いが、それよりは、浅草のおかあさんの知らない一面を見たといった感覚の方が強かった。表情までいつもとまったく違っていたので驚いた。
浅草のおかあさんが「ミカワヤ」のケーキを歩く姿を見たくて、私は二階にいるときはいつも窓を開けていた。

 

『浅草のおかあさん』目次

 

おかあさんたちは、お世話になった人に「ミカワヤ」のケーキを持って行った。
「ミカワヤ」は「アンヂェラス」の並びと雷門仲通りにあった。写真は「アンヂェラス」とケーキ

 

「ミカワヤ」とパンの「ペリカン」は親戚同士だった。(寿町にあるパンの「ペリカン」)

 

 

◆「浅草のおかあさん」と呼ばれた女性の物語

浅草のおかあさん

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第8話 「ミカワヤ」のケーキ
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