浅草のおかあさん

第9話 なごりを惜しむ「正華」の餃子

浅草の家を訪ねてきた人をどんな食べ物屋に連れていったらいいかは、けっこういい問題だ。
浅草は食べ物の街。おいしい店がありすぎて困ってしまうからである。

 

私の家では、よく「駒形どぜう」に連れていった。
入れ込み座敷に座って江戸時代から続いている浅草の風情を味わってもらいたかったこともあるが、『どぜうなべ』を見せて驚かせたかったこともある。
なべと聞くと、深さのあるものを想像するが、『どぜうなべ』は薄い鉄なべであり、下ごしらえしたどじょうにネギが山ほど乗って出てくる。それを炭でぐつぐつと煮るが、どじょうそのままの姿が入っているので、連れていった人は目を丸くする。
不思議なことに、田舎から来た人ほどおそるおそる箸をつける。そんな姿はおもしろくもあった。

 

「浅草のおかあさん」が苦手だったのは、訪問客を送り出すときだった。
浅草のおかあさんは、玄関先で「それではお元気で」と送り出すことができなかった。
そこで、浅草のおかあさんは訪問客に午前中は家でゆっくりしてもらい、見送りがてら、訪問客と一緒に中華料理店の「正華」に入った。
「正華」は「ヨーロー堂」と同じ並びの雷門通り沿いにあった。浅草の人たちは、みんな「正華」と言っていたが、一階の売店の横の壁には「正華飯店」という金文字が光っていた。

 

「正華」の焼き餃子に特徴があった。「正華」の餃子は肉詰め餃子であり、いま流行りの小籠包のように餃子の中に肉の塊が入っていたが、一口餃子ではなく、かなり大きい餃子だった。
餃子といえば、ひき肉と野菜が刻まれたものだと思い込んで口に入れると、餃子の皮からツルっと肉の塊が出て、訪問客はあわてて水を飲んだ。浅草のおかあさんは、そんな姿を楽しむ茶目っ気もあった。

 

『浅草のおかあさん』目次

 

「正華」は、いま、すし屋通りで直売所を出し営業している。

 

地方から来た人は「駒形どぜう」の『丸なべ』に驚いた。

 

 

◆「浅草のおかあさん」と呼ばれた女性の物語

浅草のおかあさん

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第9話 なごりを惜しむ「正華」の餃子
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